突然ですが‥
あなたは仏教にどんなイメージを持っていますか?
私がおじいちゃん師匠に初めて仏教を教わった10年前は、
「私、仏教を教わってるの」と周りに言うと
変わり者認定されていました。
(私がまだ若かったからでしょうか?)
今は、お坊さんが本を出したり
YouTuberになったりお坊さんにカフェで相談できたりと
仏教がだいぶん広く
親しまれてきてきてますね。
仏教のことも言いやすくなりましたが、
いざ話してみると、
仏教にへんな先入観がある人が多くいるような‥
という事で、
仏教のイメージをもっと向上させるべく
今日は仏教の誤解を解いていきたいと思います。
誤解その① 修行
(世間様の声)仏教の修行といえば滝に打たれたり、
火の上歩いたりするんでしょ?
棒で叩かれたりもするし‥
そういう、ツラいのとか痛いのいやだ〜
なんで、わざわざ自分からそんな事を??マゾなの?
修行のイメージってあまり良くないですよね
私も人に「滝に打たれたい」といったら何で?!
どうしたの?!と変な人を見る目で見られました・・・
仏教の修行といえば
「滝行」や「火渡り」が思い浮かんだりしますが
修行の内容は
教義や宗派によってそれぞれ。
確かに「千日回峰行」という、
千日間毎日30キロ歩くなんてハードな修行を行う宗派もあります。
でも、荒業と呼ばれる辛い修行を行う宗派は少ないそうです。
誤解その② 一切皆苦
世の中「全てが苦しみ」ってなんて悲しい考え‥
楽しい事も沢山あるんだからもっとポジティブになろうよ!
私も最初そう思いました
「生きるのは苦である」だなんて大丈夫?
そっちに目を向けてるから
苦しくなっちゃうんじゃないの⁉︎とか思いましたし‥
でも、仏教用語の「苦」のもともとのパーリ語は
「Dukkha(ドゥッカ)」=不満足
思う通りにならない。という意味なんだそうです。
仏教の「苦」は、日本語でイメージする「苦」とは違うんですね。
「人生思うようにはいかない」という考えなら、
納得される方も多いのではないでしょうか。
誤解その③ 諸行無常
平家物語で習ったけど、なんか暗いよね。
栄えていても廃れるとか
形あるものは壊れるとか
生まれても死ぬとか‥
今幸せなら、それでいいんじゃないの?
うん、そうですよね
今を楽しむという考え方は、基本的に賛成です。
でも、この世が「諸行無常」なのも事実です。
そこに目を向けずに
大切なモノがいつまでもあるかのように思う事で
その大切なモノが無くなった時に苦しむのです。
でも、違う見方をすれば
この世は「諸行無常」だと分かっていることで
今の幸せをより噛みしめることができるという事でもあります。
反対に、辛い状況の時に
「諸行無常」なんだから続かないとポジティブに考えることも出来ます。
ただ、本当の本当の所は
「諸行無常」にはネガティブな意味もポジティブな意味もなく
幸せを外(変わっていくもの)に求めてはいけない。
という事を仏教は説いているらしいです。
という事で、
仏教の誤解されやすい所を書いてみましたが
少しは仏教のイメージが変わりましたか?
これらの事は
私が最初に仏教に抱いていたイメージでもあります。
怪しいイメージを抱きながらも学んでいた仏教ですが、
学んで10年経った今も私の心の道標になっています。
仏教が2500年もの間受け継がれてきているという事は
仏教で得られるものに価値があって
これは後に伝えるべきだと
過去の人々が考えたからなんです。
私は声を大にして言いたいです。
いいモノでないと残りませんから!
何となくのイメージで避けてしまうのは勿体ないです。
この記事を読んで
あなたの仏教のイメージが少しでも変われば嬉しいです。
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